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(83)還暦記念旅行33日間 熊野那智大社

今日は、還暦記念旅行33日間の30日目、2010年7月17日(土)の
那智の滝、那智山青岸渡寺、熊野那智大社の観光の様子です。

熊野灘の海岸線を走っていると、15:09に、鉄橋を渡る電車に出逢いました。
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海岸線から山の方に入って、15:53に、やっと、那智の滝に着きました。
『全国観光情報』によると、
「那智の滝は、那智四十八滝の中の一の滝を呼ぶ。
高さ133m、幅13mもある大瀑布。
勝浦の海上や那智山に向かう山道から見えることも。
滝壺には那智山上にある飛瀧神社の鳥居をくぐって、
老杉に囲まれた石段を降りていく。
やがて、轟音とともに、切り立った崖から純白の布を
垂らしたように落下する滝が現れる。
滝の背後には那智の原始林が広がり、暖地性の植物を中心に
300種に及ぶ植物の宝庫になっている。」と書かれていました。
「熊野那智大社別区 飛瀧権現 那智大瀧」の石碑
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「飛瀧神社」の鳥居
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「世界遺産 那智御瀧」の石碑
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「那智の滝」
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老杉に囲まれた石段を登っていく主人(^-^;
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次に、「那智山青岸渡寺」です。
同じく『全国観光情報』によると、
「那智山青岸渡寺は那智熊野大社と並んで佇む、西国三十三カ所第一番札所。
補陀洛山寺と同様、裸形上人が開いたと言われ、熊野詣の重要拠点として栄えた。
織田信長の兵火で焼失するが、1590年豊臣秀吉が再建。
最盛時には7カ寺36坊を有したが、明治時代の廃仏毀釈で、
入母屋造の本堂を残して、ほとんどが失われてしまった。
本堂と那智滝の中間に立つ高さ25mの朱塗りの三重塔は、
1972年(昭和47年)に再建され、三層の展望台からは
那智の滝の全貌を望むことができる。」と書かれていました。
三重塔と那智の滝
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次第にアップして、
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「那智山青岸渡寺」本堂
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次に、「熊野那智大社」です。
これも『全国観光情報』によると、
「熊野那智大社は、本宮、速玉とともに熊野三山の一つ。
土産店が並ぶ473の石段を登り切ると道が左右に分かれ、
右は那智山青岸渡寺、左に行くと熊野那智大社に着く。
南向きの朱塗りの拝殿の後ろに独特な熊野権現造の社殿5棟と、
その脇に、8神を合わせ祭る八社殿が東向きに立つ。
1581年、織田信長によって焼き討ちにあうが、豊臣秀吉が再建した。
熊野夫須美(くまのふすみ)大神を主神として、飛瀧権現をも加え、
十三所権現を祀り、あらゆる願いを叶えてくれる
諸願成就の御利益があるといわれている。」と書かれていました。
熊野那智大社 八社殿
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熊野那智大社 拝殿
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那智の滝が見えるところがありました。
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長い石段
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那智山青岸渡寺の三重塔まで戻ってきました。
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もう一度三重塔をアップで。
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「吉野熊野国立公園 那智山」の石碑と那智の滝
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ここ那智の滝、那智山青岸渡寺、熊野那智大社の観光を終えて、
この日の宿泊場所、勝浦温泉の「ホテル浦島」に向かいました。
「ホテル浦島」では館内6箇所湯めぐり等を楽しみました。
翌日は、太地くじらの博物館、串本 橋抗岩、潮岬灯台を見学しました。
その様子は次回に。
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テーマ : ガーデニング
ジャンル : 趣味・実用

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とっくん


Author:とっくん
北九州で育ち、結婚して、 島根県に住んでいます。
34年間のフルタイムの仕事も 10年まえにリタイアし、
3人の子育ても一段落した今、
ゆっくりとした時間の中で、庭の花を育てる楽しみと
つれあいと二人での旅を  満喫しています。

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